KUJIRAの上映展示が終わり一ヶ月が経ちました。工房の整理や屋根裏をスタジオに準備したりしているうちにアッという間に時間が過ぎていました。溜まっていた用事を2週間ぐらいで済ませてから心を落ち着かせ、もう一人の人魚姫の制作にとりかかりました。完成まであと数日というところです。同じお顔を意識しては作れないのでもう一人の人魚姫を作ろうと決めてからは、二人が並ぶのを心待ちにしながらの制作です。
先日、大学の入学式で学長さんが茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」のお話をされていたと友人が話してくれて、改めてまたその詩が読みたくなりました。
自分の感受性ぐらい
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを 近親のせいにするな なにもかも下手だったのはわたくし 初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性ぐらい 自分で守れ ばかものよ
茨木のり子
詩集「自分の感受性ぐらい」(1977刊)所収
「現代詩文庫」思潮社にも収録
私は探求している人が好きです。それは誰かの課題に乗りかかるような行為ではなく自らの探求。
先日、お友達と一緒に本のイベントに出かけて、そこでポスカの水色のペンが好きでずっとそれで絵を描いている人に出会いました。「何故そのペンなのですが?」と聞いてみました。描き心地がよいということは理解できたのですが何故に水色がいいということはご本人も何故だかよく分かっておられないようでした。
私も何故木彫りをしてるのか、なぜ人形が動いてほしいのか分からない。ただ、その探求が今も続いているだけの事です。そして自らの探求をしている人と組み合わせを人形劇やアニメーションで楽しんでいるだけなのかもしれません。
今年は朗読に合わせて人形を動かしてみる実験をしたいと思っています。舞台でするかは分かりませんが映像にこま撮りを足してみたりして面白いことができないかの探求です。すごく楽しみにしています。
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